※時間的には結構ランス・クエスト内での後期辺りとなります  ※設定的におかしいところも有るかも知れませんが、不勉強をご容赦下さい。  ここ、人々の活気が賑わうCITYで、全く遠慮無しにそびえ立っているランス城、城内。 「がはははははは!」 「きゃーーーーー!」  がたどたばたと、廊下を走る喧しい足音が響く。 その構成員は2名。 この城の主のランス。 その護衛忍者の かなみ。 ある意味日常的な風景として、ランスが楽しそうにかなみを追いかけいじめて遊んでいる。 その後ろか ら、足音をさせずに幽体の鈴女が、仕方無さ気にランスの後をついていっていた。 「きゃーーーー! なんでけーむーしーなんかくっつけようとするのよー!」 「がはははははは! そんなもんお前が逃げるからに決まってるだろうがー! ほらほら、もっと速く逃げないと 追いついちゃうぞーーー!」 「やれやれ。 かなみー、ランスに追いつかれたら走りこみ10本追加でござる」  ひいいい、とかなみが速度を上げるが、鈴女の的確な指示のサポートを受けたランスもなかなか距離を離さずか なみを追ってゆく。  ・・・・・・その喧しい廊下を真ん前にする部屋、医務室の中で、白くて奇妙な宙に浮く生き物がベッドに寝込んでい る人物の前で腕を組んで唸っていた。 「・・・・・・・・・・・・」  黙然と項垂れてベッドで眠りについている人物を見守っている。 静かにポツンとたたずむその姿は、どこか呆 れを含んでいるようでもあった。 「・・・・・・コイツが風邪なんざ引くとは、鬼の霍乱ってやつかねー・・・・・・気づかなかった俺も俺でミスなんだ が・・・・・・」  幾度と無く独り繰り返し問われていたその逡巡に、今度は応える声があった。 「・・・・・・今は何時ですか」  横たわって天井を見上げたまま、ゆったりとした部屋着からわずかに包帯を見せているクルックーが、トローチ 先生に訊ねた。 「眼ぇ覚めたのか」 「はい。 あれほど外が騒がしければ、嫌でも」  あー・・・・・・とジロリ、とトローチ先生がドアの外を見やる。 「がはははははは!」 「きゃーーーー!」  再び前の廊下に戻ってきた足音達に、トローチ先生はふー、と溜息をつき首を振った。  しかしのそり、とベッドの上からした衣擦れの音に「あん?」と目を向ける。 「っておい! おいおいおい、何してんだお前!」 「仕事に行きます。 今日中に教会から頼まれた仕事を遂げなければいけません」  ベッドから起き上がりつつクルックーが告げる。 「無理に決まってんだろうが! どれだけ熱有ると思ってるんだお前!」 「問題ありません。 この程度で音を上げる体の鍛え方はしていません」 「ぎゃはははははは!」 「有りまくりじゃー! 自分のことに鈍感なのもいい加減にしやがれー!」 「しつこいですね。 それに、私があの仕事をしなければ、あの教会は厄介なことになるのではないですか」 「きゃーーーー!」 「今はお前のほうが大変だっての! 良いからお前は大人しく・・・・・・」 「がっははははははははーー!」 「きゃーーーーーーー!」  廊下から聞こえてきた大音量に自分の台詞を掻き消されたトローチ先生は、ついに堪忍袋の緒を切らした。  バシン、と医務室のドアを開け、廊下に向かって大音声で言い放つ。 「うるせー! こっちは病人が寝とんじゃー! ちっとは静かにしやがれこのクソガキ共!」  流石に途端に静まり返る廊下。 それを確認したトローチ先生は改めて部屋に戻りばたんとドアを閉める。 「ったく。 ・・・・・・っておい!」  見るとクルックーは既にいつもの外着に着替え、旅出の準備を終えていた。 「それでは仕事に行きます。 トローチ先生、準備は良いですか」 「このバカチンがー!!!」  トローチ先生が青筋を立てて怒鳴ったその時、ガチャン、と彼が先ほど閉めたドアが開いた。 「誰が寝込んでるって? ・・・おう、クルックー。 居たのか」 「今から出かけるところです。 ちょっと、アイスの町まで」 「だから駄目だって言ってんの! オラ、大人しく寝とけ!」  クルックーの服を引っ張ってベッドへ連れ戻そうとする。 邪魔です、と、ピシッと指で弾くクルックー、あう っと仰け反るトローチ先生二人の様子に、見ていたランスが問いかけた。 「なんだ、病人ってのはクルックーのことか。 ・・・でも元気そうじゃんか」 「元気なわけあるかー! こちとらしこたま熱があるんじゃー!」 「問題ありません」  トローチ先生を宙に引き摺りながらそのまま歩いていこうとする。  しかし、一歩踏み出したその時に、・・・彼女は足をふらつかせヨヨヨ、ポテンと医務室の壁に傾いで倒れた。 「・・・・・・あれ?」 「だ・か・ら言ってんだろうがこのバカタレがー!」 「変です。 体が上手く動きません」  今ではようやくトローチ先生からの引き戻しに対抗することをやめ、クルックーはその力に沿ってポスン、と再 びベッドの上に座る。 改めてその姿を見れば、やや顔は上気し、吐く息もやや荒い。 「・・・・・・なんだ。 ホントに熱も有りそうだし、その白い変なのの言う通り寝てればいいんじゃないのか?」  ガラ、と帽子の上にトローチ先生が乗せた氷袋を頭の上に押さえて固定しつつ、クルックーが答えた。 「そういうわけにもいきません。  この町の教会から仕事を頼まれているのです。 今日中までに済ませなくては」 「ふーん・・・急ぎの用事なのか」 「はい。 元々は欠員が出たところの代役を私が頼まれたので、今になって他の人を探すわけにも行きません」  トローチ先生が突っ込みを入れる。 「だからって今のお前にゃ旅出は無理だ。 足元自体怪しいし、第一今朝の戦闘だって傷負ってたじゃねーか。  それもあんな雑魚に。 おまけに戦闘終わったら即ぶっ倒れて」 「・・・あれは運が悪かっただけです」  問答無用に布団を被せてくるトローチ先生を、ぺし、と片手で払いのける。  ふーん、とそこまで傍観していたランスが何事も無いかのように言う。 「まあ俺には関係無いな」 「はい。 私もそろそろ行かなければ」  そう言って立ち上がろうとするクルックーの頭を、しかしランスの手がポン、ポンと制止した。 「いや。 駄目だ。  お前は俺様の女だからな。 お前が怪我でもすると俺様が良くない。  風邪なんだったら大人しく寝てろ」  その手も意に介さずクルックーがじっと無感情にランスを見る。 「急ぎの仕事だと言ったはずですが」 「教会の連中が困るっつっても今のお前ほどには困らんだろうが。  いいから寝てろ、教会の仕事なら俺が断ってきてやる。 受けようとしても無駄だぞ」  じと、とクルックーがランスを見る。 しかし言っても聞かないだろう、と判断したか、ふぅ、とやがて彼女は 溜息をつき、 「・・・・・・仕方が有りませんね」  と諦めた。 と、持っていた鞄の中をゴソゴソと探る。  何かを見つけて取り出し、そしてランスへと差し出した。 「それではこれを。  届けるために私が預かっていたはずのものです」  その封書をクルックーから受け取り、ランスは威張って言った。 「うむ。 これ以上無いほどきっぱり断固として断ってきてやるから、安心して寝ているといい」  はぁ、とクルックーが溜息を付く。 恐らくは依頼を果たせなかったことの自責だろう。  しかししばらくして、誰も動きを見せないままだったので彼女は言った。 「それでは着替えたいのですが・・・・・・出て行っていただけますか?」 「うむ? 遠慮なく着替えるといいぞ。  無事に転ばず着替えられるかどうか俺様が見ていてやるから・・・・・・って、おい」 「おら用が済んだならとっとと出て行けクソガキ。  お前が居ると余計悪化するわい」  ぐい、ぐいとトローチ先生がランスを扉へと押してゆく。 「あ、こら、おい、クソ、覚えてろよこのナマモノ」  部屋を押し出され、後ろで扉をバタン、と閉められたランスがチッ、と毒づく。  と、片手に持った封書に気付いたように、目の高さに上げてぴらぴらと振った。 「・・・・・・・・・・・・んー・・・・・・」  ☆クエスト内容   どうやらこの近辺にネクロマンサーが発生したらしい   ここの教会がその居場所の調査内容を纏めたので、それをAL教本部へ届ける   とりあえずアイスの町の教会まで持って行けばいいそうだ 「というわけで、この手紙をアイスの町に届けるのだ」 「はあ・・・・・・なにが、というわけで、なんですか?」  素直に不思議そうにサチコが訊ねる。 ここはCITYからアイスの町へと続く街道上。 ランス、サチコ、鈴女、 かなみと言った面々のランスパーティーを乗せて、彼らのうし車は道を走っていた。  胡散臭げにかなみが呟く。 「また唐突な話よね。 ランスのことだからどうせ女絡みでしょ」 「なんだ。 なんか文句でも有るのか? ははーん、さては嫉妬に狂ったな?」  かなみはうし車の外の景色を見ている。前から後ろに流れてゆく草原の風景が、綺麗だった。 「・・・・・・無視すんなよ、てめえ」 「・・・あ、で、でも、これから行く町ってランスさんのお家が有る町なんですよね。 私、行ったことないから楽し みかも・・・・・・」 「アイスの町か・・・・・・」  たまにしか帰っていない、故郷とも呼べるかもしれない町に思いを馳せる。 「・・・・・・キースのハゲオヤジのハゲ頭を思い出すな。 せっかく忘れていたところにCITYにまで這い出てきや がって。 思い出したら腹が立ってきた」 「・・・・・・」  不安げにランスを見やるサチコ。 「・・・・・・俺様に金を持ってこさせたあげく、リーザス聖剣と聖鎧を盗まれた武器屋の親父なんか居たな。  あの時は確かかなみちゃんも斬り殺すことに賛成してくれていたはずだが」 「・・・・・・そんな昔のこと、もう忘れたわよ」  痛いところを付かれたように視線を泳がせるかなみ。 あう、あうと、場を和ませる話題を捻り出して振ってみ たはずが、期せずして不穏な流れになりそうなのでサチコも焦っている。 「・・・・・・・・・・・・」  そう、あと、それと。  言葉には出さず、ランスがぼうっと彼女のことに思い当たっていた時、しかし突然、うし車がその走行に急ブ レーキをかけた。 「どわっ! な、なんだ?」 「前を見るでござる。あれが原因でござるな」  つんのめったところを踏ん張りつつ、ん? とランス含めうし車上の全員が鈴女が指した方向を注視する。 と、 そこには―― 「・・・・・・ゾンビか? なんでいきなりこんなところに」 「ひゃ、・・・あ、向こうのほうからも、一杯・・・・・・」  見ると、左手の森が広がってゆく方から、わらわら数体ゾンビが彷徨い出ていた。  恐らくは件のネクロマンサー関係の者達であろう、その彼らと偶然出会ったものと見える。 一応言えばランス も教会の人間から依頼を受ける時に大体の説明をされていたはずだが、反応からしてすっかり忘れているらしい。 「しょーがねーなー」と舌打ちして、ランスを皮切りにパーティーメンバーが車から降りる。 しかしとは言え敵 の面々は所詮は雑魚止まりであり、それ程手間はかからない。  片付け終わり、剣についた腐った肉片をランスが気持ち悪そうに振り払った。 「あー気色わりい。 あいつらは斬った時の感触が嫌だ」 「いずれ自分の体もあんな風になると思うとひとしおでござるな。 ていうか鈴女の体は今頃ピンチかも」  まったりしみじみと鈴女が呟く。 「・・・・・・縁起でもない話はやめろ。 ってか飯がマズくなるだろうが」 「そう言えばそろそろお昼時でござるなー」  辺りを見回し鈴女が呟く。 そこにサチコが、やや申し訳なさそうにおずおずと呟いた。 「・・・・・・あ、あの、それがですね・・・・・・」  あれ、あれ とおどおどと強調して指を指す。 左手の森、奥の方から、やはり更に、 「・・・・・・・・・・・」  わらわらわらわら、数多くゾンビがやってきていた。 ―――――――――――― 「ああ、面倒くせえ・・・・・・なんでこんなことやってんだろう、俺・・・・・・」  ひとしきりゾンビ達を薙ぎ払い、やっと一息ついたところでランスが毒づく。 「もう知らん! 俺は飯を食うぞ! 残りが出てきても後は他の連中がやっとけ!」 「ほいほいっと。 まあ、見張りの警戒組だけ残して、残りは体力回復に努めたほうが良さそうでござるな」  問答無用でどっかと腰を下ろしたランスだが、まあその発言も理に適っていないこともなかったのだろう。 鈴 女が賛成し、彼女自身が見張りに回るつもりか誰か相方を一人二人探している。  やいのやいの、パーティーメンバーが陣営を張る準備を始める中、しかし見張り役に適任なもう一人の姿がない ことに気が付き、ランスが言った。 「・・・・・・ん、そう言えばかなみが居ないな。  戦闘中でも終わりの方見かけなかった気もするが、どこ行ったんだ?」  辺りを見回す。 どうやら近くには居ないようだった。 「・・・・・・おしっこかな? そうなら恥ずかしがらずに言ってから行けば良いのに。  おーーーい、かなみちゃんはおしっこ中だぞーーーーーー!」  すかーんと。 大声で叫んでいるランスに、投げられた小石がその頭に当たった。 「だ、れ、が、そんなことしてるのよ!  ほんとにもう、なに考えてるの!?」 「なんだかなみ。 居るんじゃないか。 どこ行ってたんだ」  まだいささかの遠方から、かなみが歩いてパーティーの居る場所へと戻ってくる。 見ると、脇に、もう一人、 かなみよりかなり小さめの姿をした誰かと一緒のようだった。 次第に姿がはっきりしてくるにつれ、その影はま だ幼い少年だと分かる。 「ほら。この子。  戦闘中に声が聞こえたんだけど、放っておいたらゾンビに襲われそうだったからそっちに行ってきたの。  勝手に抜けてごめんなさい」  ほら、と彼女に背を押して紹介される。 彼の様子を見ると、いささかモンスターに襲われた怯えの色が見え、 また見知らぬ冒険者達の群れを前にしても尻込みしているようだった。 まあ冒険者なんてものはほとんど野盗と 変わらない場合も有る。 「・・・・・・なんだ、ガキか。  坊主、それにしてもこんなところでなにしてたんだ」  既に昼食に入っており、肉にかぶりついたランスに少年が怯えつつもおずおずと答える。 「・・・・・・姉ちゃんが・・・・・・」  気遣うようにその肩に手をやってかなみが訊ねる。 「お姉さんが?」 「におい」がしたのか鼻をヒク、と鳴らしてランスが応える。 「姉ちゃんが?」  再び少年が口を開いた。 「・・・・・・姉ちゃんが、帰ってこないんだ・・・・・・。  この先の、父ちゃんの鍛冶場に食料差し入れに行ったはずなのに・・・・・・。  もう、とっくに戻ってきても良いはずなのに、それで、俺・・・・・・」  そこで少年が黙る。 うつむいて落ち込む少年を、かなみが何とか慰めようとしてみるところ、ランスが反応し た。 「ぴきーーーん」  それが可能なら頭の髪の毛をアンテナのごとく突き立てていたかも知れない。 ランスのそんな反応には、ラン スパーティーの面々はもうおなじみになってしまっていた。 「あーーーー・・・・・・」 サチコが唸る。 「はいはい」 かなみが呆れたようにため息をつく。 「はいはいでござる」 と、少し離れて辺りを見回っている鈴女。  先ほどまでのダル気な不機嫌顔はどこへやら、これ以上も無く悪巧みな笑み満開にランスが聞いた。 「坊主、姉ちゃんは美人か?」 ―――クルックーモノローグ―――  そこは夢の中だった。  私の居たそこは私が昔育てられていた場所で、私の背丈は短く、私はベッドの上で風邪をひいて寝かしつけられ ていた。 私の子供の頃の記憶だった。  現在(いま)の私が風邪をひいたからだろう、今観ている夢で私がひいた風邪も、確かかなりの高熱が出ていた もののはずだった。 確かあの時は重厚に私を看護する人が側に付いていたはずだ。 もっともそれは仕事としてで あって、個人としてでは無かったものの気がしたが。  ・・・・・・確かに今敢えて思い返してみると、本当に「個人として」私と親しく接する者はほとんど居なかったよう な気がする。 大人とは数多く接してはきたが元より彼らの多くは私自身に対する好意が有ったわけではなく、子 供がやんちゃに遊んでいるような光景もたまに横目に目にする程度で、私が彼らに関わろうとしたこともない。  けれど、それはそれで構わない。 私には自分に課せられていることがあり、しなければならない責務もあった。 私には神から与えられた使命があればそれでいいのだ。  ・・・・・・何という理由も無く、今現在のことを思い返す。 現況はと言えば、実にこの周りは騒がしい。 まったく 毎日がお祭り騒ぎであるかのようだ。 そしてその騒ぎの中心には全てランスが居る。  私がそれに関わることはない。 いつもそうしてきたのだ。 彼らに興味を覚えることだってやはり無い。  ・・・・・・しかし最近、何故なのだろうか。 彼らが起こす乱痴気騒ぎを見ている時に、たまに目が眩むかのような、 そういう感覚に陥るときがある。 雲間から、急に覗いた朝日を目にした時のような、そんな感覚。 もしかすると、 自分には、彼らが眩しく思えていたりするのかもしれない。 自分でも理解不能なことだが。  しかしそれはそれでそう悪くはない、とも思える自分も居る。 もちろん私が彼らの中に入ってゆくことはない。 私にそんな必要はない。 ただ、あくまで彼らとは関わりを持たない、自分を遠いものとして、彼らを外から眺め ているのも、あるいは、そう悪くは無いかも知れない、と―――――― 「がはははははは!」 「きゃーーーーー!」  がたどたばたと、廊下を走る喧しい足音が響く。 そこで私は目を覚ました。  状況を確認する。 窓から見える様子からすると、今はもう夜になっているようだ。 体の具合は問題無く回復し ているらしい。 「起きたのか、クルックー」  傍らにいたトローチ先生が聞く。 恐らくはずっと付いてくれていたのだろう。 「はい。 ご心配をおかけしました、トローチ先生。  今は何時ですか」 「少し前に8時の教会の鐘がなったところだ。 体の調子はどうだ?」 「問題ありません」  実際に起き上がり、体を動かして調子を確認する。 まだだるく動きが鈍いところはあるが、やはり概ね問題は 無い。 「まあお前は基本的に頑丈だからな・・・・・・確かに。  2、3日後辺りには回復してるかもな」 「はい」  大体自分と一致するところの予想に同意しつつ、手をグッと握っては開く、体調確認の動作を繰り返す。  ・・・・・・その閉じ開きする手を見つつ思うことは、やはり、教会からの依頼を果たし損ねた、ということだ。  自分で受けた仕事だ。 失敗したことで相手にも迷惑がかかったはずだった。 今回は討伐に聖堂騎士が動いてい た、という話だから報告の遅れはともすればこの町の教会にとって厄介なことにもなりかねないだろう。 私とは 関わりのないところで同じ目にあの教会が会うということならまだしも、自分のミスでその被害を相手に出すのは 心苦しい。  しばらく自分の手を見つめていたところで、ガチャリ、と入り口の扉の鍵が開いた。 「チッ・・・・・・逃がしたか。 しょうがねえな」 「ランスですか。 何の用でしょう」  ベッドに座ったまま部屋に入ってきた人物を迎える。 未だに冒険用の姿をしていて、一冒険した後から帰って きて間もないと見える。しかしその手には、二本の棒とその先に挟まれたうにょんうにょん動く物体を携えていた。  私がそれを見ているとランスが不思議そうに言った。 「む。 これが欲しいのか。 ゾンビ毛虫は確かに珍しいが」 「いえ。 私も見たのは初めてですが要りません」  静かに首を横に振って断る。「そうか」と、彼もあまり興味は示さずに別の話題に移った。  空いているもう片方の手で、懐をゴソゴソと探る。 「んー・・・・・・有った。 これだ」  何か封書らしきものを取り出すと、こちらにぽい、と投げてよこした。 しわが付いてよれよれになっている。 これは、と思ったが朝に私が渡した封書でもないようだ。 「アイスの町の教会からの受け取り確認の手紙だとよ。  お前の依頼は俺様が果たしておいてやった。 感謝しろよ」  予想外の言葉に一瞬目を瞬かせる。 「これを、ランスが?」 「ん、なんだ、信じてないな。  それはもう、襲いくるゾンビどもをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍だったんだからな俺様は」 「はあ・・・・・・」 「帰り際にちょっとムカつくこともあったんだが、途中ほこほこしたからまあ良しだ」  ぐふふふふ、と何やらしまりの無い顔を浮かべて思い出し笑いをしている。 その話の内容から、本当に手紙を 届けてくれたのだとしたらアイスの町まで行くのにどんな旅路を送ったのかあまり想像出来ないのだが、とりあえ ず信頼することにする。  しかしだとして、ならば何故彼がそういうことをしたのか、ということが疑問だった。 ランスは自分の見てき た限り相当に面倒くさがりの人物のはずだった。 いきなり彼が善心に目覚めて親切をした、とも考え辛い。 疑問 に首をしばらく捻る。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・む。 おい、どうした」  夢心地から私の様子にランスが気付いて疑問を呈するが、私の方はまだ解答が出ていないので返事をしないまま でいる。 しばらくしてやがて氷解した。 そう言えば、言うまでも無く彼は女好きだった。 「・・・・・・・・・・・・」  彼に抱かれたことは一度有る。 彼に抱かれたいわけではなかった。 けれども、私のミスで果たし損ねかけた依 頼を遂げてくれたことには、確かに感謝するところではあった。 その代償に彼が私の身体を求めても、拒むべき ところであるかは疑問だった。 「・・・・・・手紙を届けてくれたことは、ありがとうございます、ランス」 「うむ。 英雄である俺様にそれはもう深く感謝しろよ」 「ええ」  言って、ベッドに部屋着で座っているまま彼に心持ち身を差し出し、瞳を閉じる。 「それでは、どうぞ。 好きになさって下さい」  うむ、と彼の声が間髪入れず響く。 目を閉じたまま、自分の身が彼の意のままにされるのを待ち、やがてその 時が来て――――――  ―――ポフンと、私の頭の上に温かいものが乗った。  予想外の感触に思わず目を見開く。 目の前には、彼の腕があった。 私の頭には彼の手が乗っていた。 「ぐわははははは」  ――――彼はそのまま私の頭の上で手を動かす。 最初の内はやや穏やかに、その内にぐわしぐわしと強引な勢 いに変化させて。 彼は、私の、頭を撫でているのだった。 何も反応できず、ぼうっとしつつ私は彼の顔をただ眺 めてしまっている。  ――――暖かい、掌(て)だった。 どことなく、するはずはないが良い匂いもしている気がする。 それは日な たの匂いだったかもしれない。  ――――――彼は、いつものやんちゃな子供のように、大きくキバが見えるまでに口を開け、笑っていた。 「ん。 なんだ、お前の頭何気に撫で心地良いな」 「・・・・・・・・・・・・そんな、ことは、」  ぼうっとして、開いたままだった口をなんとか努力して動かす。  しかし頭の上のその手はそこで止まり、同時にランスが鼻をヒクヒクと動かした。 「む」  何か気配を感じたのか、バッ、っと扉の方向をいきなり振り向く。  そこにはかなみさんが、護衛役ということもあってランスの監視を怠るわけには行かないのか、おっかなびっく り部屋の様子を伺っている姿があった。  見つけてランスが嬉々として飛び出す。 「がははははは! ここで会ったが百年目じゃーーーー!」 「きゃーーーーー! いやーーーーーー!」  いまだに持っていた棒の先のゾンビ毛虫を掲げてかなみさんを追って、部屋から飛び出してゆく。  後に残された私は、いまだに頭を撫でられた感触の残滓に、ただぼうっと彼の出て行った後を眺めていた。 ―――エピローグ―――  その二日後、クルックーはベッドを離れ、ランスが代わりに遂げた依頼の後処理に回った。  彼の仕事の結果であるが、まず言えば、確かに彼は依頼をちゃんと果たし、アイスの町のAL教会に封書を届けた。  しかしむしろそれどころか、彼らはその途中の旅路で何故か問題のネクロマンサーまでなんと片付けてしまって いたらしい。 そこまではまだ問題は無い。 しかしそれに怒ったのがアイスの町に詰めていた聖堂騎士達で、いつ もの調子で威丈高にアイスの町の教会の神父に告げるランスと、「勝手な真似をするな」と言う面子を潰された騎 士達の間で一悶着があったらしい。 結果、ある意味ではまだ封書を届けるのが遅れた方がマシかも知れない結果 に事件は終わった。 クルックーはその後始末に奔走することになったが、しかしどこか何となくあまりその様子 には不快さは見られないようだった。  その一方で、ランスがかなみを追ってクルックーの部屋を出たところまで話は戻る。 「がはははははは!」 「およよ、ランスに追いつかれるようではかなみもまだまだでござるな」  鈴女が弟子の成長状態にいささか慨嘆を漏らす。 「ところでランス、いいのでござるか?  クルックーにせっかくお礼を迫れたのに」  併走しつつ言う彼女に、ん・・・・・・と、走ってかなみを追いかけつつ、ランスが少しだけ思案に暮れる。 「・・・・・・忘れてた。 まあ良いや、あいつ風邪ひいてるし、また後で」 「忘れないといいでござるな」 「俺様が忘れるわけあるか。 女のことになると、俺様の記憶力は国立図書館並みなのだ」  そこでランスは、獲物を捕らえる好機を見つけたのか、がははーと加速を見せる。 やはりまるで子供のような、 もう先程のことなどすっかりと忘れたかのような顔をして現在の遊びに興じていた。  ※ランス・クエスト内ではトローチ先生とランスは会話をまだ交わしてはいないらしいことに書いている途中で 気が付きましたが、このSS内ではその点はそう大ごとではなく、また削るより面白そうなので敢えて残しました。  ※毛虫は魂の無いムシと思われますがゾンビになるんでしょうか。  ※ここまで読んで頂き、重々感謝を申し上げます。  ※カリオス著。